結論:ウサギの耳は、音を聞くためだけの器官ではない。極限環境に適応し、生存率を高めるために進化した“生命のツール”である。
ウサギの耳は高性能レーダー?超感度の聴覚と方向感知機能
音を聞く──「方向感覚を持ったレーダー」
ウサギの耳がまず果たす最大の役割は、聴覚センサーとしての機能です。特筆すべきはその感度と指向性。ウサギの可聴域は360Hz〜42,000Hzに達し、人間(20Hz〜20,000Hz)よりも遥かに広く、高周波に特に敏感です。
これは、羽音、草むらのざわめき、爪音など、捕食者のかすかな気配を察知するため。特に夜行性の捕食者に対応するには、視覚よりも音情報の即時処理能力が重要です。
さらに、ウサギの耳は180度以上回転可能。左右の耳を独立して動かすことで、音源の方向と距離を立体的に把握できます。つまり、耳そのものが**「立体音響を検出するアンテナ」**のような役割を果たしているのです。
野生のウサギでは、視界外の後方の音にも素早く反応し、0.1秒単位で逃走行動に入ることが確認されています。

ウサギ
ウサギ科(Leporidae)に属する哺乳類で、草食性。長い耳と後脚が特徴で、俊敏な跳躍力と優れた聴覚を持ちます。地上性または半地中性の生活をし、捕食者から逃れるための視野と反応速度に優れています。
暑さに強い秘密は耳にあった!ウサギの驚異的な体温調節機能
体温調節──「放熱板としての耳」
暑い環境で生きるウサギにとって、もう一つ重要なのが体温調節機能です。特に有名なのが、北米の砂漠地帯に生息するアメリカ・ジャックラビット。彼らの耳は体長の1/3以上にも達し、まるで“冷却装置”のようです。
この耳には、皮膚直下に張り巡らされた太い血管網があり、体温が上がると血管が拡張。そこに風が当たることで血液が冷やされ、熱を効率的に放散できます。この仕組みは、工業用のラジエーターや人体の手のひらの放熱と似ています。
実際、熱帯〜亜熱帯地域に生息するウサギは耳が長く、寒冷地では短くなる傾向があり、これはアレンの法則(寒冷地では末端が縮小する)にも合致します。

視野はほぼ360度
両目が側面にあるため、頭を動かさずにほぼ真後ろまで見渡すことができます(死角は鼻先のみ)
耳が語るウサギの気持ち:動きで読み解く感情サイン
感情表現──「耳はウサギの言葉」
ウサギは無音で生活する時間が長く、鳴き声でのコミュニケーション手段が乏しい代わりに、耳の位置や動きで感情や意図を伝えると考えられています。これは“視覚的ボディランゲージ”の一種です。
両耳を直立:警戒状態。周囲の情報を最大限受信しようとしている。
片耳だけ寝かせる:半警戒・片方の音に集中。周囲に注意を払いつつもリラックス傾向。
両耳を後方に寝かせる:恐怖・ストレス・服従。時に攻撃の前兆ともなる。
両耳を横に広げて寝かせる:深いリラックス。安心しきった状態。
こうした表現は、人間が顔の表情筋で感情を伝えるのと同様に、耳を使った非言語的な“発信”なのです。
なぜウサギの耳は進化したのか?生き残りをかけた機能の集約
自然選択が生んだ「万能器官」
なぜここまで耳が多機能に進化したのか?それは、ウサギが**極めて捕食されやすい立場(被捕食者)**にあるからです。逃げ足は速くとも、攻撃性は乏しく、身を守る術は限られています。
そこで彼らは、**「早期察知」+「早期回避」**の戦略を選びました。その中心となるのが耳なのです。
超高感度聴覚 → 危険察知
耳の回転 → 音源定位と瞬時の逃避判断
放熱機能 → 持久力の維持
表情機能 → 群れ内での意思疎通
このように、ウサギの耳は生き残るために機能を複合的に拡張していった器官であり、進化の視点から見れば非常に合理的かつ戦略的な構造を持っているのです。

後ろ足の蹴りは強力な武器
温厚に見えても、後肢の一撃はかなりの威力があり、捕食者への反撃手段にもなります。
ウサギの耳に隠された命のメッセージとは?進化の知恵を読み解く
おわりに:耳は“命のセンサー”
可愛いだけでは語れない、ウサギの耳。その構造と機能には、過酷な自然界を生き抜くための知恵と工夫が詰まっています。もしもウサギを見かけたら、その耳の向きや動きをじっと観察してみてください。きっとそこには、無言の言葉と進化の足跡が見えてくるはずです。
参考文献
- Chapman, J. A., & Flux, J. E. C. (2008). Rabbits, Hares and Pikas: Status Survey and Conservation Action Plan. IUCN.
- Angielczyk, K. D., & Schmitz, L. (2014). “The role of climate in shaping the ear morphology of desert mammals”. Biological Journal of the Linnean Society.
- 野生動物学会編(2011)『動物の行動と進化』東京大学出版会
- 倉持利明(2020)『動物の“からだ”に見る生き残り戦略』講談社ブルーバックス