クジラはなぜ歌うのか?その理由と驚きの進化

結論
クジラが歌う理由は、主に「仲間とのコミュニケーション」「繁殖行動(求愛)」「ナワバリ主張」など、生存と繁殖を助けるためです。さらに、歌はクジラたちの文化や進化の一端を映し出す貴重な手がかりでもあります。

クジラが歌う3つの理由

1. 求愛行動としてのクジラの歌

ザトウクジラの歌は、主にオスが繁殖期に歌うもので、メスへのアピールと考えられています。メスに自分の存在を知らせ、健康や力強さ、遺伝的な優位性をアピールする手段だとされます。歌の美しさや複雑さが、オスの能力を間接的に示している可能性もあるのです。

単独で歌うオスのザトウクジラ – 胸びれを大きく広げ、喉のプリーツを膨らませてバブルを放ちながら旋律を発している

2. ナワバリや自己主張のための歌声

他のオスに対して「ここは自分の縄張りだ」と主張するため、または他個体との距離を調整するためにも歌が使われると考えられています。海の中では視界が悪く、音がコミュニケーションの主な手段なのです。このため、歌によって無用な争いを避けることもできるのです。

2 頭のオスが距離を取りつつ競い合う様子 – 前景の個体が歌い、後方の個体が様子をうかがう

3. 群れ内コミュニケーションツールとして

クジラたちが仲間同士の位置情報を共有したり、協調行動をとったり、迷子にならないようにしたりするために歌を使う可能性も指摘されています。特に広い海では、音による連携が重要な役割を果たします。集団での移動や採餌行動の際にも、音は不可欠なツールとなっているのです。

クジラの歌に隠された文化とは?

歌の地域差と「クジラ方言」

例えば、オーストラリア近海のザトウクジラと、ハワイ近海の個体では、歌のパターンが異なります。具体的には、リズム、音程、フレーズの組み合わせが地域ごとに異なり、まるで方言や文化の違いのように現れます。

歌の変化と文化的進化

興味深いことに、同じ群れの中でも歌の内容は年々変化します。少しずつアレンジされたり、新しいフレーズが取り入れられたりして、数年後には全く異なる歌になっていることもあります。この「文化的進化」は、人間社会における歌や言語の変遷にも似ています。

マッコウクジラとヒゲクジラの違い

実は、「歌う」行動はすべてのクジラに見られるわけではありません。特に有名なのはヒゲクジラ類(ザトウクジラ、ナガスクジラなど)ですが、ハクジラ類(マッコウクジラやイルカ類)は、クリック音やパルス音(いわゆる「エコーロケーション」)を使った短い音によるコミュニケーションが中心です。

項目ヒゲクジラ(左)マッコウクジラ(右)
口の構造口を少し開き、クリーム色のヒゲ板が見える歯が並ぶ下顎が強調(上顎に歯はほぼ無い)
頭部形状なだらかな額 & 喉の縦しわ(プリーツ)巨大で四角い額(スぺルマセチ油が入る)
噴気孔2つが中央寄り1つ、左側にオフセット
音の表現長い同心円の波紋=歌短い放射状パルス=クリック音
主な特徴バブルネット給餌・長い歌・浅めの潜水深海潜水(1000 m超)・巨大イカ捕食・エコーロケーション

クジラの歌の特徴

パターンと構成:章とフレーズ

ザトウクジラの歌は、決まったフレーズが繰り返され、それが組み合わさって「章(セクション)」となり、さらにそれが「全体の歌(ソング)」を形成します。ひとつの曲は20分以上続くこともあり、それを何度も繰り返すのが一般的です。

広い音域と遠距離コミュニケーション

クジラの歌は低音から高音まで幅広い音域をカバーしており、人間には聞こえない周波数の音も多く含まれています。これにより、遠く離れた仲間にも音を届けることができるのです。

人間には聞こえないクジラの声

クジラの歌は、ただの「声」ではありません。非常に複雑で、多層的な特徴を持っています。音の範囲も広く、人間には知覚できない領域でのやり取りも行われているのです。

環境変動とクジラの歌への影響

海洋騒音とクジラの歌の変化

クジラの歌の変化は環境変動の影響を受けることも示唆されています。人間の活動による海洋騒音(船舶のエンジン音、ソナー、海底油田開発など)が、クジラたちの歌声に影響を与えている可能性もあります。

船舶やソナー音の脅威

特に、船舶から発せられる低周波音や軍事用ソナーの音は、クジラのコミュニケーションを妨げるだけでなく、行動パターンにも深刻な影響を与えることが懸念されています。

環境保護の重要性とこれからの課題

これらの研究は海洋環境保護の観点からも重要性を増しており、今後のクジラたちの生存に直結する問題として注視すべきテーマです。

貨物船の下で歌うザトウクジラ

クジラの歌が教えてくれること

動物の社会性・知能進化へのヒント

クジラの歌は、私たちに動物のコミュニケーションの進化について重要なヒントを与えてくれます。なぜ「音楽的」な発声が生まれたのか、なぜ個体ごとに、あるいは地域ごとに変化していくのかを探る鍵になります。

文化の起源を探る手がかり

クジラたちの歌にみられる文化的進化は、人間社会における文化の起源を理解するための貴重な手がかりを提供してくれます。

海の未来とクジラの歌

海という広大な世界で、音を頼りに生きるクジラたち。その歌声には、彼らの生きる知恵と、進化の物語、そして未来への警鐘が込められているのです。

まとめ|クジラの歌に込められた生命の物語

クジラの歌は単なる鳴き声ではなく、求愛、縄張り主張、集団行動、そして文化伝達と、多様な役割を持つ複雑なコミュニケーション手段です。彼らの歌を理解することは、海洋生態系の理解を深めるだけでなく、私たち人間社会にも多くの示唆を与えてくれるのです。

参考文献

  • Payne, R., & McVay, S. (1971). Songs of humpback whales. Science, 173(3997), 585-597.
  • Garland, E. C., et al. (2011). Dynamic horizontal cultural transmission of humpback whale song at the ocean basin scale. Current Biology, 21(8), 687-691.
  • 日本哺乳類学会 編『クジラ学への招待』(東京大学出版会)
  • Darling, J. D., & Berube, M. (2001). Interactions of singing humpback whales with other males. Marine Mammal Science, 17(3), 570-584.

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