【結論】アリクイの舌は、アリを“高速で大量に”捕らえるために進化した究極の道具
はじめに
アリクイの舌は、最大で40cm以上にも達し、細くしなやかで、しかも1分間に150〜200回以上も出し入れ可能です。
これは、狭く複雑なアリの巣に深く舌を差し込み、効率よくアリやシロアリを捕らえるための進化の成果です。
この驚異的な舌の性能は、哺乳類の中でも突出しており、有毛目(Xenarthra)という特殊なグループに属するアリクイの進化戦略を象徴しています。

アリクイ
哺乳綱異節目〈有毛目〉のうちフタユビアリクイ科とオオアリクイ科に属する食蟻性動物群。歯を欠き、細長い吻と粘着質の舌(最長60 cm)でアリ・シロアリを捕食する。強靭な前肢の鉤爪で巣を破り、南米熱帯雨林から乾燥サバンナまで多様な環境に適応している。
第1章:アリクイの舌はどれくらい長い? —— 驚異のスペック
代表的なオオアリクイ(Myrmecophaga tridactyla)では、舌の長さは最大60cm近くにもなり、体長の約2分の1にも匹敵します。
さらに注目すべきはそのスピード。
- 舌の出し入れ回数:1分間に最大150〜200回
- 捕食効率:1回の舌の突き出しでアリやシロアリを数十〜数百匹捕らえる
- 1日あたりの捕食量:野生下では2〜3万匹程度
アリクイの舌は「高速かつ大量捕食」を実現する、まさに生きた捕虫装置なのです。

1日に最大3万匹のアリを舌で絡め取る高速捕食者。前肢の爪は鋭利で、窮地では立ち上がり「ベアハッグ」のように抱きつき、ジャガーすら負傷させた記録がある。
第2章:なぜそんな舌が必要なのか? —— 獲物の特殊性が鍵
アリやシロアリは、栄養価がそこそこある一方で、
- 小さい
- 巣が複雑で深い
- 集団で防衛行動をとる
といった難点があります。
特に兵隊アリや巣の封鎖行動など、アリ側にも多様な防衛手段があるため、捕食にはスピードと工夫が求められます。
この問題を乗り越えるべく、アリクイは「歯や噛む力」ではなく「舌」に戦略をすべて振り切ったのです。
第3章:舌の構造と機能 —— 胸の奥から繰り出される粘着ムチ
胸骨まで達する舌筋
アリクイの舌の筋肉は、他の哺乳類のように下顎ではなく、胸骨(胸の中央にある骨)にまで伸びて付着しています。
この構造により、驚異的な伸縮性とスピードを実現しています。
粘着性のある舌表面
舌には粘液腺が発達しており、アリをペタペタと絡め取りながら巣から引き抜くことが可能です。
乾燥しにくく、連続使用に強い粘液は、アリクイの捕食における生命線です。
歯の退化と口の細長化
アリクイには**歯が完全に無い(オオアリクイ)か、極めて小さい(タマンドゥアなど)**ため、噛む必要がありません。
その結果、口は細長く筒状に進化し、舌の出し入れに特化した形状となっています。

アリクイの赤ちゃんは生後すぐから母親の背中に乗って移動しますが、親とほぼ同じ模様をしており、遠目には一体に見えるようになっています。これは捕食者から身を守るための“保護色”の一種と考えられています。
第4章:食べてすぐ撤退!“ヒット・アンド・アウェイ”の食事スタイル
アリクイの捕食は、短時間で済ませることが鉄則です。1つの巣に数分しか滞在しません。
これは、兵隊アリの反撃や、巣内での防御行動を避けるためです。
- 巣の一部を破壊し
- 舌で数千匹のアリを一気に絡め取り
- すぐに次の巣へ移動する
という“スピード勝負の戦術”で、安全と栄養を両立しているのです。
第5章:比較でわかるアリクイの異常さ —— 他の長舌動物と何が違う?
動物名 | 主な獲物 | 舌の特徴 | 類似点と違い |
---|---|---|---|
キツツキ | 木の中の昆虫 | 頭蓋を一周する舌構造で伸長 | 狭い空間への対応という点で類似 |
カメレオン | 昆虫 | 舌先が粘着性で飛び出す | 機能的には共通点が多い |
オオサンショウウオ | 水生昆虫 | 舌を使って補食するが粘着性は弱い | 舌の発達度合いや構造は簡素で異なる |
アリクイはこれらの中でも、胸骨に舌筋が達する構造と、1日2〜3万匹という圧倒的な捕食量によって、異彩を放っています。

アリクイは“味覚”をほとんど持っておらず、においと動きだけで獲物を探知します。これは、口内に唾液と粘液が多く、味蕾が退化していることによる適応です。
第6章:なぜ“アリ専門”の道を選んだのか? —— 有毛目の進化と地理的背景
アリクイは、有毛目(Xenarthra)という哺乳類のグループに属し、南米で約6000万年前に出現したと考えられています。
このグループには、ナマケモノ、アルマジロも含まれ、すべてが特殊な適応を遂げています。
南米大陸は、長い間他の大陸と地理的に隔離されており、独自の生態系と進化の実験場でした。
その中でアリクイの祖先は、「誰も利用していないけれど豊富な資源」であるアリやシロアリに目を付けたのです。
競争相手が少ないかわりに、物理的・生態的ハードルの高いアリに対応するために、彼らは「長い舌」という武器を獲得する道を選びました。
第7章:まとめ 〜 アリクイは「舌だけで生きる」驚異の捕食者
アリクイの舌は、
- 物理的な長さ
- 粘液による捕食能力
- 胸骨から動かす特殊な筋肉構造
- 歯を捨てた徹底した専用化
など、あらゆる面でアリ捕食に特化した極限の進化形です。
自然界において「舌」だけでこれほどの生存戦略を築いた哺乳類は、他に例を見ません。
アリクイはまさに、ニッチを極めることの価値と面白さを教えてくれる存在なのです。
参考文献・資料
- Montgomery, G. G. (1985). The Evolution and Ecology of Armadillos, Sloths, and Vermilinguas. Smithsonian Institution Press.
- Vizcaíno, S. F., & Loughry, W. J. (2008). The Biology of the Xenarthra. University Press of Florida.
- Hayssen, V. (2011). Tamandua tetradactyla (Pilosa: Myrmecophagidae). Mammalian Species, (43), 64–74.
- Redford, K. H. (1985). “Feeding and Food Preference in Captive and Wild Giant Anteaters (Myrmecophaga tridactyla)”. Journal of Zoology, 205(4), 559–572.
- Naples, V. L. (1999). “Morphology, evolution and function of feeding in the giant anteater (Myrmecophaga tridactyla)”. Journal of Zoology, 249(1), 19–41.