結論:ジャイアントパンダとレッサーパンダは、名称こそ似ているが、進化的にはまったく異なる系統に属する生物である。両者を結びつける共通点は、主に竹(笹)を食べるという食性のみである。
はじめに
一般的に「パンダ」と聞くと、多くの人が中国原産の白黒模様のジャイアントパンダを思い浮かべるだろう。しかし、実は「パンダ」と名の付く動物にはもう一種存在する。それが、レッサーパンダ(別名:小パンダ)である。
そもそも「パンダ」とは何か?
一般的な「パンダ」のイメージ
- ジャイアントパンダ:大型で白黒の体色、クマに似た体型
- レッサーパンダ:体は小さく赤茶色、尾は長くふさふさし、どちらかというとイタチやネコのような印象
この二種は見た目も生活様式も異なるにもかかわらず、同じ「パンダ」という名称を共有している。このことが、両者の分類学的位置に関して誤解を生じさせる要因となっている。
「パンダ」という言葉の語源
なお、「パンダ」という名称自体は、ネパール語の「poonya(竹を食べるもの)」に由来するという説がある。これは元来、レッサーパンダに対して使われていたものであり、命名には言語的背景も関係している点を見落とすべきではない。

パンダの足裏には毛が密生しており、雪や滑りやすい地面でも滑らずに歩けるようになっています。これは寒冷地での適応の一つです。
レッサーパンダとジャイアントパンダの違い
見た目と体格の違い
- ジャイアントパンダ:約70〜120kg
- レッサーパンダ:約3〜6kg
分類の違い
項目 | ジャイアントパンダ | レッサーパンダ |
---|---|---|
分類群 | 哺乳綱 クマ科(Ursidae) | 哺乳綱 レッサーパンダ科(Ailuridae)※単型科 |
系統関係 | クマ類に近縁 | アライグマやスカンクに近縁 |
行動・生息地の違い
項目 | ジャイアントパンダ | レッサーパンダ |
---|---|---|
食性 | 主に笹(消化器官は肉食性に近い構造) | 主に笹(果実や昆虫も摂取する雑食性) |
生息域 | 中国・四川省などの山岳地帯 | 中国南部〜ネパール、ブータンなどヒマラヤ地域 |
行動様式 | 単独性、昼行性傾向 | 単独性、薄明薄暮性(クレプスキュラー) |
進化系統樹上では、両者の共通祖先はおよそ3500万〜5000万年前に分岐したと推定されており、近縁どころか、全く別の系統に属していることが明らかになっている。
「パンダ」が2種存在する理由
命名の歴史と混乱の背景
意外かもしれないが、「パンダ」という名称はもともとレッサーパンダに対して使われていた。1825年にヨーロッパの博物学者によって発見されたレッサーパンダに「panda」という名前が与えられた。
その約40年後、1869年に中国でジャイアントパンダが発見された際、既に「パンダ」の名が存在していたため、それよりも大きいという意味で「ジャイアントパンダ」と命名された。
つまり、「レッサー(=小型の)パンダ」という呼称は、後から区別のために付け加えられたものであり、「最初に“パンダ”と呼ばれた動物は、現在レッサーパンダと呼ばれる種である」と表現するのがより正確である。
この命名の経緯には、当時の博物学的知識の限界や、外見的特徴による分類の習慣が反映されている。命名された当初は、両者の遺伝的関係性や進化系統は明確にされておらず、単に食性や生息地の類似によって命名されたに過ぎなかった。

レッサーパンダはとてもきれい好きな動物で、食後や活動後によく前足を舐めて毛づくろいを行います。これは体温調節や匂いの除去にも役立ちます。
共通点の正体は「収斂進化」
収斂進化とは?
それでは、なぜ全く異なる系統の動物が、いずれも笹を主食とするようになったのか。この現象は**収斂進化(convergent evolution)**によって説明される。
収斂進化とは、異なる系統に属する生物が、類似した環境に適応する過程で、似通った形態や生理的特徴を獲得する進化的現象である。
「偽の親指」と笹食
両種とも、前脚に「偽の親指(pseudo-thumb)」と呼ばれる構造を持ち、竹を器用に握ることができる。この構造は、ジャイアントパンダでは手首の種子骨が肥大化したものであり、レッサーパンダでも別の構造から進化しているとされており、独立に獲得された類似形質である。
代謝の低さ・活動量
また、笹という低栄養の食物に依存するため、両種とも基礎代謝が比較的低く、活動量も少ない。たとえば、ジャイアントパンダの1日のエネルギー消費量は、同等の体重を持つ他の哺乳類に比べて20〜30%低いと報告されている。
なぜ「名前」は重要なのか?
命名と科学的理解のギャップ
上述のように、両者は系統分類上まったく異なるが、名称や食性の類似性から「近縁な存在」と誤認されることが多い。また、レッサーパンダは過去にアライグマ科(Procyonidae)に分類されていた時期があり、この分類の変遷も混乱の一因となっている。
正しい分類がもたらす価値
一方で、近年の分子系統解析技術の進展により、レッサーパンダは独自の「レッサーパンダ科(Ailuridae)」としての分類が確立され、ジャイアントパンダとは明確に区別されるようになった。これにより、生物分類学における混乱は徐々に解消されつつある。
また、動物園やメディアによる紹介の際にも、両者の違いを正しく伝える努力が進められており、一般市民の間でも正しい理解が浸透しつつある。とはいえ、名称の与える印象の強さは根深く、依然として「同じ仲間」と誤認される例は少なくない。

ジャイアントパンダは木登りが得意で、特に幼少期には捕食者から身を守るために高い木に登って休むことが多いです。
結論(まとめ)
- ジャイアントパンダとレッサーパンダは分類学的に無関係に近い存在
- 「パンダ」という名称はレッサーパンダが先に名付けられた
- 両者の笹食性は収斂進化による類似であり、系統的な関連ではない
- 名称による混同は、進化生物学的理解の妨げとなりうる
このように、「パンダ」という言葉の背後には、人間の命名文化と自然界の複雑な進化過程が絡み合っていることがわかる。生物を正しく理解するには、見た目や名前だけでなく、その進化的背景を読み解く視点が不可欠である。
分類や命名の背後にある科学的な意図を理解することは、進化や生態の理解を深めるうえで非常に重要である。そしてその理解こそが、種の保存や保全活動の基盤ともなりうる。パンダという存在を通して、我々は生物多様性と進化の巧妙さに改めて気づかされるのである。
参考文献
- Wei, F., et al. (2015). The giant panda genome provides insights into carnivore evolution. Nature Genetics.
- Roberts, M. S., et al. (2001). The biology of the red panda. Smithsonian Institution Press.
- NHK出版 (2020). 『絶滅危惧動物の進化と未来』 NHK出版
- Glatston, A. R. (ed.). (2011). Red Panda: Biology and Conservation of the First Panda. Academic Press.
- Panthi, S. et al. (2012). Summer diet and distribution of red panda in Dhorpatan Hunting Reserve, Nepal. Zoological Studies.